エゴで施術しないというエゴ

施術では、
「エゴを入れないこと」が大切だと言われることがあります。

自分が治そうとしない、
変化を起こそうとしない、
身体の反応に任せる。
確かにどれも大切なことだと思います。

ただ、「エゴを入れてはいけない」と考え始めると、
少し話が変わってきます。


自分は何もしてはいけない。
身体に任せなければいけない。
意図を持ってはいけない。

そうやって、
「エゴを捨てた施術家でありたい」という自己像がつくられていく。
それ自体が、
一つのエゴなのだと思います。


「良くしてあげたい」
「変化を起こしたい」という気持ちだけが、
エゴなのではありません。

「自分は何もしない」
「身体にすべてを任せる」という姿勢も、
それを守ろうとすれば、同じように自分の都合になります。
(こっちの方が拗らせてるのでタチが悪いのでは・・・)

目の前の身体が何を必要としているのか。
それよりも「自分はこういう施術をする人間だから」という自己像が先に来れば、
結局、身体ではなく自分を見ていることになります。


自分自身、
「エゴを入れない」とはどういうことなのか、
考えていた時期がありました。

でも今は、
施術中にそういうことを考えることはありません。

エゴをなくそうとも、
抑えようともしていない。
必要ならエゴにも仕事をしてもらう。

エゴを克服したわけではなく、
そもそも、その問い自体がなくなりました。

今はそのくらいが一番自然な気がしています。

以前書いた意図の記事もご一緒にどうぞ。
http://masakazushibata.com/archives/2432

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