昨年読んだ朝井リョウさんの本の帯に、
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」という言葉がありました。
人は、いろいろな物語の中で生きているのだと思います。
こうすれば幸せになれる、
こういう人が成功する、
家族とはこういうものだ、
正しく生きるとはこういうことだ。
何を信じて生きるかということは、
宗教に限った話ではありません。
物語があることで、
複雑な世界が少しわかりやすくなったり、
迷ったときに進む方向が見えたりする。
だから、
物語を信じること自体が悪いわけではないと思います。
ただ、
自分が物語の中にいることに気づかなくなると、
その物語が「世界そのもの」になってしまう。
違和感があっても、
物語の方に自分を合わせてしまうこともあります。
だとしたら大切なのは、
物語から自由になることではなく、
自分が今、どんな物語の中にいるのかに気づけること。
信じることも疑うこともできる。
そこにいることも、そこから出ることもできる。
そして必要なら、
別の物語を選ぶこともできる。
また、自分で選ぶということには、
その物語を生きることを自分で引き受けることも含まれているのだと思います。
誰かに与えられた物語をただ生きるのではなく、
自分が何を信じているのかに気づき、選び、その選択を引き受ける。
僕は、そこに自由があるような気がしています。
