人のことを理解しようとするとき、
その人についての物語が少しずつできていきます。
この人はこういう人、
こういう経験をしてきたから今こうなっている。
それは、
その人を理解する助けになります。
ただ、ときどき、
その人を理解しようとしていたはずが、
いつの間にか、
自分の解釈を通してその人を見るようになることがあります。
「この人が苦しんでいるのは、こういう理由だ」
「本当はこういうことを求めている」
説明がつくと、
わかったような気がします。
でもそれは、
その人を理解したというより、
その人を、自分が理解できる形にしただけなのかもしれません。
世界を見るための物語を持つことと、
その物語の中に、目の前の人まで取り込むこと。
似ているようで、
少し違います。
自分の中にできあがったその人と、
目の前のその人。
見ているのは、どちらだろう。
