認めにくい弱さと、自分の物語

自分の弱さを認めることは大切だと言われます。

ただ、弱さには、
認めやすいものと認めにくいものがあるような気がします。

「まだ未熟だ」
「もっと学ぶ必要がある」
「ちゃんと向き合えていない」
こういう弱さは認めるのが苦しくても、まだ自分の中に置いておきやすい。
それを認めても、「もっと良くなろうとしている自分」という物語は、
それほど揺らがないからです。


でも、
「自分に都合の悪いことからは逃げたい」
「自分は思っているほど誠実ではないかもしれない」
みたいなものとなると少し違います。

それを認めることは、
自分が自分について信じている物語を揺らすことになる。


人は、自分自身についても物語を持っています。
自分はこういう人間だ、
こういうことはしない、
こうありたい。
でも、現実の自分は、ときどきそこからはみ出します。

難しいのはそのはみ出した自分をどうするかです。

物語に合わないからとなかったことにするのか。
それとも、「自分の中には、こういう部分もある」と、
そのまま置いておくのか。


自分の弱さを引き受けるというのは、
もしかすると、そういうことなのかもしれません。

好きになる必要も、肯定する必要もない。
ただ、都合が悪いからといって、自分ではないことにしない。

自分が信じたい自分だけを、自分にしていないだろうか。
そこに目を向けることが、
思いがけず自分を変えるきっかけになることもあるのかもしれません。

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