負荷の中で普通であること


最近、木煉瓦の上に立っています。

やっていることはシンプルで、
煉瓦の上に立つだけです。

ただ、実際にやってみると、
自分が思っていた以上に重力と調和できていないことに気づきます。


身体は、
足底からの圧覚、関節や筋肉の固有受容器、前庭系、視覚など、
複数の感覚システムを統合しながら、
自分の位置や傾きを感じ取っています。

支持面が小さくなると、
その仕組みが普段より強調されます。
だから、自分でも気づいていなかった緊張や癖が見えてくる。


一番大切なことは、
不安定な場所で立てるようになることではなく、

不安定な場所でも、
身体や神経系が必要以上に騒がないこと。
負荷がかかっても普通でいられることです。

ここの設定を間違えると、
間違った感覚の入力、負の学習をする可能性があるわけです。


そしてこれは身体だけの話ではありません。

人に何か言われたとき、
思い通りにならないことが起きたとき、
予想外の出来事が起きたとき。
必要以上に反応するのか、それとも普通でいられるのか。

煉瓦の上で起きていることと、
日常で起きていることは似ているように思います。


頑張ることより、
普通でいられること。

自然体とは重力と調和している状態だとしたら、
まずは自分がどれだけ重力と喧嘩しているのかを知る必要があります。

この稽古は、
重力との関係を観察し、身体や心との対話を深めるための方法の一つです。
そんなことをテーマに少しずつ探求しています。

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