前提を疑うこと

何年か前、
「アファンタジア」という概念を知りました。
アファンタジア: イメージのない世界で生きる

ざっくりいうと、
頭の中で
映像を思い浮かべることが苦手、
あるいは思い浮かべられない特性のことで、
人口の1〜5%程いるそうです。

自分でも調べてみると、
自分もその傾向が強いように思いました。

振り返ってみると、
「だからか」
と思うことがたくさんあります。


昔から、
人に教わったことをその場で受け取ることが苦手で。

例えば施術のセミナーで、
「イメージしてください。」
「頭の中で思い浮かべてください。」
と言われても、
そもそもイメージが頭の中に浮かばない。

だから当時は、
教わったことをそのまま受け取るのではなく、
一度立ち止まることから始めていました。
そして、
相手は何を伝えようとしているのかを考える。
どうすれば自分の身体で再現できるのかを考える。

教わることと理解することの間に、
自分なりの学び方を作る必要があったのです。


故に

本当にその前提から始めて良いのだろうか。
もっと手前に、
見落としていることはないだろうか。

自然と、
こんなことを考えるようになりました。


だから結局、
自分で試すしかありませんでした。
触って、
動いて、
失敗して、
また試す。

その繰り返しの中で、
少しずつ身体で理解していきました。


前提を疑うようになったのも、
身体で理解することを大切にするようになったのも、
もとをたどれば、
学びの前提が自分には当てはまらなかったところから来ているのかもしれません。

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