関係ではなく、概念で処理してしまうとき

前回、身体の「境界」について少し書きました。
腸や皮膚、粘膜など、内と外を分ける働きがあるという話です。

この延長で見ていくと、人間関係の中にも似たような境界があります。
それが、関係の中での境界です。


人と人のあいだには、本来「関係」があります。
距離や空気、言葉にしきれない違和感や安心感。
そういったものの中で、関係は成り立っています。

ただ、それに触れるのが難しくなることがあります。
なぜなら、人と関わるというのは思っている以上に負荷がかかるからです。

距離を感じたり、空気を受け取ったりするには、ある程度の余裕が必要です。
そして余裕がないとき、人はそれを扱いきれなくなります。


余裕がなくなると、人は関係を扱えなくなり、概念で処理し始めます。

正しいかどうか。意味があるかどうか。理屈としてどうか。
そういったもので整理しようとする。

ただ、そこに寄りすぎると、実際の関係から少しずつ離れていきます。


例えば、違和感があるのに気のせいだと処理してしまう。
疲れているのに、これくらいは普通だと進めてしまう。
引っかかっているのに、問題ないことにしてしまう。

このとき人は、感じていることよりも、頭の中の基準を優先しています。


身体の中で起きている事と、
人間関係の中で起きていることとは分かれているわけではなく、は
同じ構造で起きているといえます。

整体で触れていると、身体が緊張している人ほど、触れられている感覚が曖昧なことがあります。
それは単に硬いというよりも、受け取る力がうまく働いていない状態です。

施術において、
触れられることで、
皮膚や固有感覚の入力が増え、脳が身体からの情報をどう受け取るかが変わっていきます。

その結果として、
内と外を分ける働きが安定し、
外からの刺激に対する反応も適度なものになります。


身体を整えるというのは
何かを変えることではなく、
本来の反応を取り戻していくことと言えるかもしれません。

その状態が戻ってくると、
身体だけでなく、人間関係の中での距離感も自然と整っていきます。

 

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