前回、
自由という不安から離れるように、
何かに頼ったり、答えの中に入っていく、
という話を書きました。
では、
そのとき身体の側では、
何が起きているのでしょうか。
身体は本来、
特定の状態にとどまるのではなく、
その場の状況に応じて変わり続けています。
必要なときに力が入り、必要がなくなれば抜けていく。
その行き来があることで、身体はバランスを保っています。
例えば、
姿勢だとわかりやすいかもしれません。
身体は本来、
その瞬間に応じて自然にバランスを取っています。
それはただじっと座っている状態においてもです。
動的に変わり続けるというのが本来の「姿勢」なのですが、
それを、
一般的に言われている「正しい姿勢」に合わせようとすると、
身体を固定して、自由度が低下します。
つまり、
その時の「最適」ではなく「正しい(とされている)」
事を優先してしまっている状態です。
その瞬間よりも頭の中にある決まりを守っている状態です。
結果、
身体の本来の調整力、機能は、
発揮されにくくなります。
こうして見ると、
身体にとって大切なのは、
変わり続けられることなのかもしれません。
必要なときに力が入り、
必要がなくなれば抜けていく。
状況に応じて変わり続けられる。
固定した状態を作らない。
固定したもの、決まりがないことは、
とても不安ですが、
その自由という不安を含んだままいられる事、
(ややこしい言い回しになりますが)
不安でいる事に安心していられる事が、
成熟した自由と言えるのかもしれません。
「自由からの逃走」は
きっと自由になれという話ではなく、
自由を扱えるようになれという話だと思っています。
