意図があっても、自然でいる

「意図を持たない」というより、
意図を持った自分自身が、自然でいられることの方が大切なのかもしれません。

以前は、
意図を消そうとしていました。

自分が何かをするのではなく、
何かに動かされるような状態を、理想のように考えていた時期もあります。

ただ、
そこを目指そうとすると、逆に不自然になっていきました。

「意図を消さなければ」
「力まないようにしなければ」

そう考えるほど、
呼吸は浅くなり、感覚は狭くなっていく。


施術では、
こちらの神経系の状態が、そのまま触れ方に現れます。

結果を急いだり、
変えようとする意図が強くなると、
肩も手も呼吸も視野も少しずつ固まっていきます。

そうなると、
相手の組織から受け取れる情報も減っていきます。

筋膜や軟部組織は、
常に微細な張力変化をしています。
その変化を感じ取るには、
こちら側にも自由度が必要になります。


だから大切なのは、
意図を消すことではなく、
意図があっても感覚が閉じないこと。

「こうしなければ」に固定されないこと。
相手の反応によって変われること。

意図があるかどうかではなく、
その状態に余白や自由度が残っているかどうか。

今は、そこに自然さが現れるのではないかと思っています。

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